大阪都構想がしつこい?2020年の住民投票で大阪はどう変わる?誰でもわかりやすく解説。

2020.09.26
  • 大阪都構想は橋下市長時代の住民投票で一度否決された
  • 大阪維新の会は大阪都構想をあきらめず、選挙で勝利を重ねた
  • 2019年の大阪市長・大阪府知事のダブル選挙と地方議会議員選挙に勝利した大阪維新の会は、2020年11月1日に大阪都構想についての二度目の住民投票にこぎつけた
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大阪都構想は、大阪市を廃止して広域行政を大阪府に一元化する政策です。

2015年に実施された住民投票では僅差で否決され、大阪維新の会の代表だった橋下徹大阪市長が政界を引退しました。しかし、大阪維新の会は都構想を断念せず、再び住民投票に持ち込みます。

今回は2度目の投票に至った経緯と、住民投票が可決された場合、どのように大阪が変わるのかについてまとめます。

大阪都構想とは?

大阪市を廃止して4つの特別区に分割する「大阪都構想」の是非を問う住民投票が2020年11月1日に行われます。投票の賛否について触れるまえに、そもそも、大阪都構想がどのようなものなのか、どう売った背景を持っているのかについて整理しましょう。

大阪都構想の内容

大阪都構想とは、大阪で検討されている行政組織の改編構想のことです。現在、大阪には大阪府と大阪市が並立しています。そのため、狭い大阪の中で大阪府と大阪市の行政サービスが重複する問題が起きていました。

これを、二重行政といいます。この状況を大阪維新の会は「府市あわせ(不幸せ)」とよび、二重行政を解消するべきだと主張したのです。これにより、大阪は無駄な事業の重複がなくなり今以上に成長できるとしたのです。

具体的には、大阪府全体にかかわる広域行政は大阪府が担当し、市民に身近なサービスの提供は新たに設置される4つの特別区が担当するというものです。その中で、民間に委託するべきものを委託し、行政の無駄を省きたいというのが大阪維新の会の方針といってよいでしょう。

大阪維新の会が「二重行政」の廃止を主張した理由

では、なぜ大阪維新の会は二重行政の廃止を強く主張したのでしょうか。その理由は、大阪市が強力な権限を持つ「政令指定都市」だからです。政令指定都市は一般の市と異なり、都道府県に準じた権限を持ち、国と直接交渉する権限があるのです。

広域行政を行う大阪府と、大阪府とほぼ同じ権限で政策を立案できる大阪市がしっかり話し合いをして役割分担を明確にすることができれば、問題なかったのかもしれません。

しかし、大阪維新の会は、大阪府と大阪市は十分な話し合いがなされず、似た機能を持つ建物が多数並立し、無駄な投資が繰り返されたと主張したのです。このため、大阪維新の会は二重行政を解消するには大阪府と大阪市を一本化する大阪都構想の実現が必要だと主張したのです。

大阪都構想は誰がいいだしたのか?

大阪都構想は大阪維新の会が突然言い出した政策なのでしょうか?そうではありません。20世紀後半には、大阪府と大阪市を一本化するべきだとする考えがすでに議論されていたのです。

20世紀後半から21世紀初めの大阪都構想

大阪都構想の歴史をさかのぼると、1953年にいきつきます。この年、大阪府議会は大阪府と大阪市を廃止して大阪都を設置すると議決しました。しかし、このときは実現に至りません。

もともと、大阪都構想は大阪市が権限の大きい特別市になろうとしたことに大阪府が反発して提出した対案でした。大阪市が特別市にならないとなったことで、大阪都は立ち消えとなったのです。

その後も、大阪市とその周辺市町村を再編成する案や、大阪市自体を拡大する考えなどがでました。しかし、いずれも実現には至りませんでした。

2000年に当時の大阪府知事だった太田房江氏が大阪府と大阪市の統合を掲げた大阪新都構想を唱えます。それに対し大阪市の磯村隆文市長は大阪市を大阪府から独立させた「スーパー指定都市」とするべきだと反発しました。

つまり、大阪府は大阪市を飲み込む形の大阪都構想を、大阪市は大阪市を拡大させる形の「スーパー指定都市」を目指したといえるでしょう。

大阪維新の会が看板政策として大阪都構想をかかげる

弁護士で、たびたびマスコミにも登場していた橋下徹氏は2008年の大阪府知事選挙に立候補し、当選を果たします。彼は2009年の府議会での答弁の中で、広域行政と基礎自治体の行政機能は整理し分けるべきだとの考えを示しました。

橋下氏は2010年に地域政党「大阪維新の会」を結成します。このとき、大阪維新の会は「大阪都構想」を看板政策として掲げました

2011年の大阪市長・大阪府知事ダブル選挙

当時大阪市長だった平松邦夫氏は、橋下氏が進める大阪都構想に反対を表明します。その平松市長の任期が2011年で満了となりました。そこで橋下氏は大阪府知事の任期を3か月残して、大阪府知事を辞職し大阪市長選に打って出ました。

その一方、大阪府知事選挙には大阪維新の会で幹事長を務めていた松井一郎氏が出馬します。選挙の結果、大阪市長選挙では橋下氏が、大阪府知事選挙では松井氏が勝利し、大阪維新の会が市長・府知事の両選挙を制する格好となりました。

都構想を可能にする大都市地域特別区設置法とは?

大阪都構想を実現するためには、東京都以外でも特別区が設置できるように国の法律を変える必要がありました。そこで、国会で審議されたのが大都市地域特別区設置法です。その後、各党派が話し合いを重ねた結果、2012年に法案が可決されました。

この法律では、政令指定都市と周辺自治体の人口合計が200万人以上の地域で市町村を廃止し、特別区を設置することができると定められています。したがって、人口が270万人を超える大阪市は単独で特別区を作ることができます

2015年に実施された住民投票

大阪都構想は国による制度整備により大きく前進しました。あとは住民投票を実行するだけとなります。それを受け、2015年に大阪市で住民投票が実施されました。住民投票の結果と、それを受けた橋下市長の政界引退についてまとめます。

投票の結果

住民投票の実施が決まると、各党派は自分たちの主張を大阪市民に訴えます。まず、大阪都構想を目指す大阪維新の会は「CHANGE OSAKA! 5.17」のスローガンを掲げ大阪都構想の実現を訴えます。

対する反対派の自民党・公明党・民主党・共産党・社民党などは「We Say NO! 5.17 Osaka」と都構想反対を訴えました。

大阪都構想の是非を問う住民投票は2015年5月17日に実施されます。その結果は、賛成694,844票(49.62%)、反対705,585票(50.38%)で、僅差ではありますが大阪都構想は否決されました。

橋下徹市長の政界引退

住民投票での敗北を受け、橋下市長は松井府知事とともに記者会見を開きました。その中で、都構想が受け入れらなかったのは自分の責任だとし、任期満了となる12月までは在任するものの、次の市長選挙に立候補しない旨を表明しました。

実際、橋下は市長退任後に政界から引退し弁護士活動やマスコミへの出演などを再開し、政治家と別な道を歩みます。

2015年の大阪市長・大阪府知事ダブル選挙

大阪都構想がとん挫したことを受け、自民党などが主張していた「大阪戦略調整会議」が開かれました。ところが、この会議では各派の主張が全くかみ合いません。その結果、大阪戦略調整会議は破綻してしまいました。

橋下大阪市長と松井大阪府知事の任期満了に伴って、2015年に大阪市長・大阪府知事のタブル選挙が実施されました。その結果、大阪維新の会から出馬した吉村洋文氏が大阪市長に、松井一郎氏が大阪府知事に当選し、選挙における大阪維新の会の強さが発揮されます。

大阪都構想の再始動

吉村市長と松井知事が当選を果たしたことで、一度は挫折した大阪都構想が息を吹き返しました。この選挙結果を受け、大阪都構想に向けて法定協議会が設置され住民投票が実施されることになります。

法定協議会の設置と決裂

選挙に勝利した吉村市長と松井府知事は大阪市と大阪府の統合を図る法定協議会を設置します。この協議会の中で、大阪市を解体し特別に再編する案と、大阪市を残し総合区を設置する案が協議されます。

ところが、法定協議会では都構想を推進したい大阪維新の会と、現状維持をベースと考える公明党の意見が衝突してしまいました。そのため、法定協議会での議論が全く進まなくなってしまいます。最終的に、大阪維新の会と公明党の協議は決裂してしまいました。

2019年の大阪市長・大阪府知事クロス選挙

事態を打開したい大阪維新の会は吉村市長が大阪府知事選に、松井府知事が大阪市長選に入れ替えで出馬するというクロス選挙を展開します。この2019年4月の選挙で、大阪維新の会はまたしても大勝します。

市長・府知事選と同時に行われた府議会議員選挙と大阪市会議員選挙でも大阪維新の会が躍進します。

住民投票実施の決定

2019年の選挙結果を受け、これまで大阪市を残し総合区とすることを主張していた公明党は住民サービスを低下させないことを条件として大阪都構想に賛成しました。これにより、大阪市の方針は大阪市を廃止して特別区を設置する案に一本化されます。

2020年6月19日に開かれた法定協議会で、大阪都構想の制度案に対する採決が行われました。法定協議会の委員19名のうち、大阪維新の会の10人と公明党の4人、自民党の府議2人が賛成し、法廷協議書が賛成多数で可決されました。

この結果を受け、大阪府・大阪市は総務省と協議の上、2020年11月1日に住民投票実施を決定しました。

大阪都構想実現で変わることとは?

もし、2020年11月1日の住民投票で大阪都構想が実現した場合、現在と何が変わるのでしょうか?大きく変わる3点について整理します。

大阪市がなくなり、4つの特別区が誕生する

大阪都構想が実現すると、政令指定都市である大阪市はなくなります。そのかわりに、人口が60万人から75万の特別区が4つ誕生します。

現在の此花区・港区・西淀川区・淀川区・東淀川区は新「淀川区」に、北区・都島区・福島区・旭区・東成区・城東区・鶴見区は新「北区」に、中央区・西区・大正区・浪速区・住之江区・住吉区・西成区は新「中央区」に、天王寺区・生野区・平野区・阿倍野区・東住吉区は新「天王寺区」にそれぞれ改変されます。

また、従来の区は行政区として存続します。

住所表記はどうなるの?

では、住所表記はどうなるのでしょうか。原則は、大阪府の次に4つの特別区名、現在の行政区名、町名の順番に表記します。たとえば、大阪府大阪市浪速区幸町の場合、大阪府中央区浪速幸町のようになります。

しかし、中には特別区名と行政区名が重複する例が出てきます。淀川区や北区、中央区、天王寺区などです。これらの場合は、行政区名を省略します。また、包囲と混同されやすい場合や行政区名と町名が重複して読みにくい場合なども行政区名を省略します。

広域行政は大阪府、住民サービスは特別区が担う

大阪都構想では、大阪府と4つの特別区で明確な役割分担を行うとしています。大阪全体の成長や都市の発展、安全、交通基盤整備などは大阪府の管轄となります。

その一方、戸籍や住民基本台帳の作成・管理、子育て支援、生活保護、保健所、幼稚園・小学校・中学校、地域の生活道路の維持管理、地域の街づくりなど、地域住民と直結する行政サービスは特別区が担当します。

まとめ

20世紀後半からたびたび議論された大阪都構想は、地域政党大阪維新の会の公約となることで現実味を帯びた政策となりました。大阪維新の会の代表を務めた橋下徹市長は大阪都構想の是非を問う住民投票を2015年に実施します。しかし、僅差で否決されました。

その後も大阪維新の会は大阪都構想をあきらめず、2度の市長・府知事W選挙や府議会議員選挙、大阪市会議員選挙に勝利し、再び大阪都構想の住民投票にこぎつけました。

大阪維新の会の行動を「しつこい」とみるか、「粘り強い」とみるかはさておくとして、2020年11月の住民投票で大阪都構想の命運が決します。その意味で非常に重要な投票となるでしょう。