大阪都構想で4区再編?特別区設置による区割りや名称は?2020年最新の情報をお届け。

2020.09.25
  • 都構想が実現すると現24区が4つの区にまとめられる
  • それによってどんな変化があるか。また名称は?
  • 都構想のこれまでの変遷と11月の住民投票
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今年の11月1日に、大阪市では大阪都構想の可否を巡る2度目の住民投票が行われます。

今回の都構想は前回の5区とは異なり、大阪市内を4区に分ける案となっています。

なぜ4区に分けることになったのでしょうか?

名称はどうなるの?

有名なあの区は無くなってしまうの?

こうした疑問について解説いたします。

賛成か反対かを決めかねている方や、そもそも都構想って何なのか分からないといった方にとっても参考になる内容となるはずです。

4区再編とは?

4区案での都構想に再び挑戦

今年11月1日に行われる、大阪都構想を問う、2度目の住民投票。

今回は前回と異なり、大阪市内を4つの区に分ける都構想案で投票が行われることが決定しました。

大阪都構想とは大阪市を廃止し、特別区を設置して行政の効率化を図ろうとするもの。

2015年、当時の橋下徹大阪市長らが住民投票を行いましたが、僅差で反対票が上回り否決

その後再び議題に上がり、様々な変遷があったものの最終的に4つの特別区に分割した都構想案が決定しました。

改めてこの4区案での都構想の是非が問われることになります。

なぜ4区に?

3つの主な理由

前回の住民投票では5区案での都構想でしたが、今回は人口や税収などのバランスを考えて4区案が採用されました。

4区案に行き着いたいくつかの理由について、順番に説明していきます。

「財政の均衡化」

例えば、一部の区に経済的な格差が出てしまうと、大阪府や別の区に対して財政基盤の格差や、せっかく分割したのに最初から対等ではない関係ができてしまい、都構想の理念から外れてしまいます。

そのため、各区の財政が均衡するようにし、それぞれの区で自立した区政ができるようにしなくてはなりません。 

「将来の人口格差が2倍以内」

2035年の人口を想定して、その時の人口格差が2倍以上にならないように考慮されました。

ちなみに4区案での最多は北区の78万人、最小は淀川区の60万人となっています。

「現在の区の成り立ち、コミュニティを考慮」

区の歴史や区民性を無視してしまうと、不必要な衝突や需要の違いなどが生まれます。

区民間でイザコザが起きるような状況は、行政に直接的な影響を与えることにつながりかねません。

そして、今まで形成されてきたコミュニティ等も分断される可能性があるため、それがないように考慮されます。

他にも、住民の移動や交流などの利便性に繋がる鉄道網や商業集積、そして防災上の視点なども考慮されています。

以上が4区となった主な判断基準です。

採用されなかった6区案と総合区案

最終的に4区案に決定しましたが、以前は6区案総合区案などと言われる案も存在していました。

都構想に関する具体的な議論は大都市制度協議会で行われましたが、そこで大阪府・市が作成した案には4区A案、4区B案、6区C案、6区D案が提示され、大阪維新の会は4区B案を支持し、それが現在の4区案になっています。

また公明党は都構想に当初反対しており、大阪市を維持しながら現24区を8区へ合区する総合区案を提案しました。
公明党の総合区案は大阪市を維持するためのもので、正確には都構想ではなかったのですが、一時期はこの総合区案か都構想か、一騎打ちの様相を呈するほどでした。
しかしその後、公明党が都構想支持に回ったことから、総合区案は自然消滅しました。

区割りはこうなる!

各区割りと特徴を紹介

区は淀川区、北区、中央区、天王寺区の4つに分けられます。

淀川区は大阪市の左上に位置し、東淀川区、淀川区、西淀川区、此花区、港区の5区が合区されます。

4区内では人口規模が最小となり、鹿児島市や杉並区と同程度です。

陸の玄関口である新大阪、豊かな淀川流域などがあります。

本社を置く企業の数では4区内でもっとも少ないものの、製造業での工業出荷額は最多です。

北区は大阪市の右上に位置し、旭区、都島区、北区、福島区、鶴見区、城東区、東成区の7区が合区されます。

4区内では人口規模が最大で、浜松市や熊本市と同程度です。

関西最大のターミナル・梅田を有し、ビジネスと文化施設の中心地・中之島もあります。

中央区は大阪市の左下に位置し、中央区、西区、浪速区、大正区、西成区、住吉区、住之江区の7区が合区されます。

人口は北区に次いで多く、観光地である難波や心斎橋が含まれます。

そのため商業販売額は4区の中でも突出して多くなっています。

天王寺区は大阪市の右下に位置し、生野区、天王寺区、平野区、東住吉区、阿倍野区の5区が合区されます。

人口規模は淀川区の次に多く、教育施設が多く、コリアンタウンや緑地など多様な側面を持ちます。

都構想によって将来はどうなる?

各地域で起こる変化

大阪都構想では各特別区に中核市並みの権限を持たせ、インフラなど広域的な事業は全て大阪府が担うこととし、特別区ではより住民に寄り添った、細やかな行政を行うことが期待されています。

広域業務を無くしたところが大阪市との大きな違いとされています。

現在の24区では自治体の規模が小さく、人口も少ないために住民サービスが十分に行われていないと言われるエリアもありました。

反対に財政面・人材面が豊富な地区もあり、エリア格差を改善し、より住民と地域の事情を考慮した行政を目指す意味合いもあります。

また行政の効率化による経費削減と産業などへの影響により、全体の経済効果は10年で1兆円超との試算もあります。

別の案ではダメだったのか?

先に述べたように今回の4区案に決まるまでは6区案や4区別案などがありました。また前回の都構想住民投票では5区での案の是非が問われました。

なぜ今回の4区案による都構想となったのでしょうか?

今回の区割りではまず財政面が考慮され、例えば新大阪、梅田、難波、天王寺といった繁華街を各区に分散させ、税収面でも大きな差が生じないように配慮されています。

また人口推移の面も重要な判断材料とされました。

大阪では現在深刻な高齢化が進行しており、その将来の見通しもはっきりしてきました。

そのため今回の4区案でも、将来的な人口バランスが1つの判断材料とされました。

こうした点を考慮し、大都市制度協議会では今回の4区案で決定、大阪府議会・大阪市議会でも可決する運びとなりました。

もっともそうした面を考慮するあまり、例えば4区案の中央区では現中央区のような繁華街と現西成区のような下町が同居する形になり、財政的な均衡はとれるものの、コミュニティや人の流れがめちゃくちゃになるのではないかといった指摘もあります。

各区の名称は?

4区の名称が決まった

既にこれまでに述べられているように4区の名称は淀川区、北区、中央区、天王寺区に決定しました。

これは仮ではなく、実際に運用される際もこのままの名称が区の名前として使用されます。

 名称の決定背景

どうしてその名称になったか

2018年に名称案が決定した当時は北区と中央区はそのままでしたが、淀川区は東西区、天王寺区は南区として仮決定されていました。

そこから名称を正式に決定することとなるのですが、その際の判断基準は2つあり、まず「包括的な意味合いを持つこと」、次に「できるだけ住民に親しみやすく、極力簡潔であること」。

この2つの判断基準を下敷きにし、方角位置、地勢等を基に考えた結果、現在の4案に決定しました。

どれも新しく作り出された言葉ではなく、どれも現在の24区にある区名です。

北区は方角、中央区は位置、そして淀川区と天王寺区は住民に親しまれている淀川と四天王寺に由来しています。

変わる可能性はある?

現在のところ変更の予定はありませんが、4区案の名称はどれも現在もある区名であるため、移行時の処理や手続きなどで混乱を生むのではないかという声もあります。

いずれにせよこの名称での都構想案はすでに府・市の各議会を通っていますので、もし変更するとしたら、都構想成立後の区議会等での名称変更という形になります。

2回目の住民投票に至るまで

前回住民投票からの軌跡

大阪都構想は2015年の橋下市政下において一度、住民投票が行われ、否決されています。

しかしその時の賛成票・反対票差は僅か0.8%差であり、決して改革賛成派が少なくなかった訳ではありませんでした。

そしてその声に押されるように、住民投票と同じ年の11月にあった大阪府・大阪市のダブル選で都構想を進める大阪維新の会から松井府知事と吉村市長が誕生します。

その時点で大阪維新の会は再び都構想に挑戦すると明示しており、それから何度か選挙を繰り返し、都構想案をまとめていきました。

そして現在の吉村府知事、松井市長により都構想案がまとまり、大阪府議会と大阪市議会で都構想案が可決し、住民投票へと至ります。

決戦の日

住民投票は11月1日に決定

昨年、大阪府知事・大阪市長のダブル選挙が行われ吉村府知事、松井市長体制となりました。

この結果を見て、それまで都構想に反対していた公明党は賛成へと回り、賛成派が過半数を上回ります。

今年に入り、大都市制度協議会にて案がまとめられ、実際に議会に通されることとなります。

そして8月末に府議会で可決。

9月頭には市議会でも可決となりました。

大阪都構想最後の関門である住民投票への条件は揃い、いよいよ住民投票実施の段階に入ります。

決戦の日は11月1日と決定しました。

吉村知事は住民投票の時期について「気候が安定している季節に実施した方が市民に投票してもらいやすい」との理由を説明しています。

投票のその後

都構想の是非は11月1日に決定しますが、その後すぐに都構想が実施されるわけではありません。

仮に可決された場合の実行時期は2025年の元日以降とされています。

これは4年以上の準備期間が確保できることや年末年始の閉庁日にシステム改修などを行えるためとしています。

また、2023年春には府知事・市長のダブル選と地方統一選挙が予定され、市長や市議が当選後すぐに失職して混乱が発生する事態を避ける配慮が為されているとのことです。

まとめ

住民投票はまもなくやってきます。

大阪維新の会による都構想が発表されてから10年あまり、一度は否定された都構想は今回で決着が着くのでしょうか。

今回も再び否定され、都構想は幻の政策として消えてゆくのでしょうか?

大阪市民の方にとってはまさに生活に直結する投票となります。

大阪市以外の方にとっても、今回の都構想の是非は国からではなく、地方から自治を変えていくことになるのかという地方創生の重大なターニングポイントとなるでしょう。

11月1日に決する大阪都構想の是非は、国が掲げる地方創生の流れもあり、そのまま我々の自治体の今後にも関わってくるかもしれない出来事です。

決して他人事ではない今回の住民投票を注意深く見守っていきましょう。