大阪都構想にメリットはない? デメリットや特別区制度の意味とは?わかりやすく解説。

2020.09.25
  • 「大阪都構想」は戦前からあった?なぜ「大阪維新の会」は「大阪都構想」を持ち出したか?
  • 「大阪都構想」にメリットはあるのか?識者や現役東京特別区長が激白。
  • 「大阪都構想」実現で、新たな二重行政が生まれることを、府市民は全く知らない。
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そもそも「大阪都構想」とは何か 

 「大阪都構想」を巡る賛否や問題についてお話しする前に、ここではなぜ大阪で「大阪都構想」が起こり、その後どういう経緯を経て今日に至ったかを見ていくことにしましょう。これを見れば「大阪都構想」が、今日突然に沸き起こった出来事でない事が解かると思います。国政をも巻き込んだ「大阪都構想」を巡る非常に複雑な歴史と政治的経緯に注目です。 

戦前から議論は進んでいた

 よく「大阪都構想」は、橋下徹氏らを中心とする地域政党「大阪維新の会」が構想したと言われています。しかし実際は、大阪府と大阪市を統合して当時の東京を上回る「大大阪」を作ろうという構想が戦前から存在しました。これは当時「大大阪構想」と呼ばれていました。 

 この「大大阪構想」は、戦後アメリカのワシントンDCやイギリスの大ロンドン市などを見習い、いわゆる「特別市構想」として浮上し、その実現に向け大阪の各界が政府に働き掛けを行いました。しかし、1956年に「政令指定都市」制度がスタートして実現は立ち消えとなりました。 

(注釈)特別市構想 

ワシントンDCや大ロンドン市のように、州や都道府県などから独立した行政主権を持った都市を指す。日本においてこの考え方は、本文中で示した「政令指定都市」制度に受け継がれ、事実上議論の対象とならなかった。 

一度は消えかけた「大阪都構想」 

その後も幾度となく、大阪府と大阪市の統合について議論はされてきました。しかし、大阪府と大阪市の間で港湾整備やインフラの利権をめぐる対立や、大阪市の急速な財政悪化を理由に、2000年代に入るまで語られる事はありませんでした。 

大阪都構想を進める「大阪維新の会」とは 

 一度はその事実やそのことを語るさえタブーとされた「大阪都構想」。そこに火を付けたのは、2008年に大阪府知事に当選した橋下徹氏らを中心とする地域政党「大阪維新の会」です。では「大阪維新の会」は、どのような経緯で誕生し、その後大阪の各自治体の首長になって広がり「大阪都構想」の推進をどのように進めようとしているのでしょうか。 

大阪低迷の危機感から生まれた「大阪維新の会」

1990年代に入り、バブル経済崩壊の影響を受けた大阪府や大阪市は、バブル時代の失策の影響で毎年巨額の財政赤字を計上し、インフラ整備にすら手が回らない状況に陥ります。 

ところが大阪府と大阪市は、住民の行政に対する不信感そっちのけで、議会をも巻き込んだ責任の応酬に明け暮れ、ついに地方財政力の順位で神奈川県に抜かれ第3位に転落しました。 

 その折、弁護士として人気テレビ番組に出演していた橋下徹氏が「大阪は腐りきっている。その責任者を全て追放し、新しい大阪を住民と築く」と宣言し、2008年の大阪府知事選挙に当選しました。その後府庁内の政策ブレーンや、当時の橋下知事を支持する府議会議員を中心に2010年に結成されたのが「大阪維新の会」です。 

熱狂的な支持の一方で「大阪版ナチス」という酷評も

 それまでの大阪府や大阪市の怠惰な行政運営に失望していた府民や市民にとって「大阪維新の会」は正しく救世主のように見え、府議会や市議会で第一党となりました。さらに現在では、大阪府下の8割の自治体の長が「大阪維新の会」所属となっています。 

 その一方、目的達成のために手段を択ばぬ姿勢で、マスコミを利用した名誉棄損や反対派への罵詈雑言から「大阪版ナチス」との酷評が根強くあります。 

第一回住民投票で挫折した「大阪都構想」 

 「大阪都構想」を巡る住民投票は、2015年5月17日に行われました。当時の「大阪維新の会」の勢いから可決は時間の問題と見られていましたが、結果は予想に反して僅差で否決されました。では、なぜ否決に至ったのでしょうか。 

府知事&市長ダブル選に勝利し勢いづいた「大阪維新の会」

 府知事当時から「大阪都構想」実現を掲げた橋下氏に対し、当時の平松大阪市長は「今すぐ必要なことではない」と斬って捨てます。そこで橋下氏は、平松市長の任期満了に伴い2011年の11月に実施された大阪市長選に府知事を辞職して対決し、勝利します。 

 一方大阪市長に転出した橋下氏の代わりとなる大阪府知事選でも、腹心の松井一郎氏(現大阪市長)が当選し、大阪府と大阪市は「『大阪維新の会』による一党支配体制下」におかれます。 

法定協議会設置…までは良かったが

 一方当時の国会で、大阪維新の会を利用して自らの政治勢力を拡大しようとした与野党国会議員が超党派で提出した「大都市地域における特別区の設置に関する法律(大都市特別区設置法)」が2012年8月に国会で可決され、事実上「大阪都構想」は国からも、お墨付きをもらいました。 

 大阪府と大阪市は、法律制定の4か月前から「大阪にふさわしい大都市制度協議会」を発足させていましたが、法律制定を受けて「大阪府・大阪市特別区設置協議会」・・・いわゆる法定協議会が設立し、大阪都実現に向けた第一歩が刻まれました。 

国政与党の反旗と堺市議選敗北…そして

 ところが、法定協議会の場で「大阪維新の会」が示した行政区割り案は、地域の特性やインフラなどの区割りを無視した余りに幼稚なもので、これに怒った自民党大阪府連や公明党大阪府連などが一斉に「大阪都構想」反対に寝返りました。 

 これに加え、一早く「大阪都構想」に反対を示した堺市で2013年に行われた市長選挙で、「大阪維新の会」は大敗北をくらい、「大阪都構想」実現に赤信号が灯りました。 

 こうした動きに、橋下市長ら「大阪維新の会」関係者は、当初計画していた大阪府全体の大阪都への転換と、旧大阪市や堺市などの特別区化を断念し、旧大阪市が特別区となって先行して大阪都になり、それ以外の自治体は順次大阪都に組み入れる案に切り替え、2015年5月17日に「大阪都構想」の是非を問う初の住民投票が行われました。 

結果は、反対=705,585票に対し賛成=694,884票。僅か0.8%の票差で「大阪都構想」は否決されました。 

特筆すべきは、総投票数の三分の一にあたる703,647票が賛成も反対も示さず、棄権票になったことです。また白票も3,000票ほどあった他、「アホ」「死ね」などと書かれた無効票などもありました。住民投票に至るまで、二度にわたる橋下市長の信任選挙が行われ、大阪の住民の間に「選挙疲れ」と「行政不信」が広がった結果だと、多くの識者は語りました。 

この結果を受け、橋下氏は任期満了に伴って大阪市長の職を辞し、政界から引退しました。 

最大の政敵失脚と公明党大阪府連の攻略成功で二度目の住民投票へ

 橋下氏の政界引退後に行われた府知事&市長ダブル選で、現在の吉村知事と松井市長が各々当選し、橋下氏の遺志を引き継いて「大阪都構想」実現に邁進します。 

そうした中、「大阪都構想」実現に追い風となる出来事が起きます。 

一つは、長年に渡り「反大阪都構想」の先頭に立ってきた堺市の竹山修身市長の関連政治団体において、政治資金収支報告書に虚偽記入や不記載が発覚しました。竹山市長は任期途中で辞職し、後任に「大阪維新の会」公認候補が当選します。 

もう一つは、長年に渡り「大阪都構想」に反対し続けてきた公明党大阪府連が、それまでの態度を一変させ、賛成に転じたことです。 

これらが重なり、新たに設置された法定協議会は、2019年6月に「大阪都構想」の制度案である「法定協議書」が可決されました。そして、住民投票を行うための府議会&市議会での議会承認が今年夏までに終わり、いよいよ今年秋に二度目の住民投票が行われることになりました。 

「大阪府構想」で語られる特別区とは 

 「大阪都構想」の中で、耳が痛いほど語られることに特別区制度があります。東京都内では「東京23区」の名で知られる特別区は、「大阪都構想」では旧大阪市24区に代わって設立されるものです。同じ区では区でも、従来の政令指定都市下での区と都政の下に置かれる区では、一体何が違うのでしょうか。 

君臨すれども、統治せず

 現在東京都のみ設置されている特別区制度を、「君臨すれども、統治せず」だと例える識者が数多く居ます。 

 政令指定都市での区長は、市長が直接任命する仕組みなのに対し、特別区では区長も区議会議員も直接選挙で選ばれるため、より民主的と見られます。 

 しかし政令指定都市の区が道府県の延長と見なされ、区独自での事業を行えるよう大きく裁量が認められているのに対し、特別区では、最終決定権者は都政であり都議会であり都知事とされています。仮にある大きな事業の実施を特別区議会が採択しても、最終は都知事が承認しなければ実現できません。 

 天皇制の様な「立憲君主制」の仕組みの如く「君臨すれども、統治せず」と例えられる理由が、ここにあります。 

大規模な行政単位の受け皿に効果的

 「大阪都構想」では、現在の大阪市24区を4〜6の特別区に集約する構想で進んでいます。現在人口が最も多い区は、平野区で19万6千人余りです。しかし「大阪都構想」で誕生するだろう新特別区は、一区当たり45~70万人余りと飛躍的に上がります。 

 こうした政令指定都市や中核市並みの人口を抱えた複数の自治体が連合体を形成する場合、政策を巡って軋轢や対立が起きる事は必至です。そこで行政の最終決定権を無くし、地域に根差した行政のまとめ役として特別区を置くことは、非常に効果的だと言われています。 

行政サービスの後退や異常事態に弱い一面も 

 行政の効率化が図られる反面、大味な行政対応となるため、福祉などのサービスが低下する恐れがあります。また一連のコロナウイルス蔓延のような異常事態に弱い点も否めません。 

なぜ「大阪都構想」にNOの声が絶えないか 

 長年に渡って大阪を二分三分・・・いやそれ以上に分裂させて議論されている「大阪都構想」ですが、その一方でNOと言う声や反対運動が一向に収まる気配はありません。 

橋下氏が大阪府知事に就任して十年余りで「大阪維新の会」の府下自治体の8割が維新支配下となった今でも、この秋行われる二回目の住民投票が可決されるか予断を許しません。では、なぜそういう状況になっているのでしょうか。 

反対派が語る「なんで『大阪都構想』ありきなの」

 大阪市内で、橋下氏ら大阪維新の会に対する反維新運動に取り組む関係者が真っ先に口にすることは「なんで『大阪都構想』ありきなのか」です。 

 元大阪府職員で「反維新」「反大阪都構想」を展開する市民団体の世話役は、 

・・・唐突に『大阪都になる』といわれても、なぜ今の大阪の住民とって大阪都が必要なのかが議論尽くされてない。大阪都を巡る10年余りの議論で見えたのは「『大阪維新の会』とその取り巻きが大阪の福祉を切捨て、利権を総取りして残りカスを府民に押し付ける構図だ・・・ 

と語ります。 

 また大阪市内在住の国政野党関係者は 

・・・橋下さんは法律の専門家だが、財政の専門家ではなかった知事が国などに、直接動かねばならない財政問題をアウトソーシングしたため、大阪府は財政悪化に拍車が掛かった。大阪都構想は、橋下さん時代の失政を隠すカモフラージュではないかと疑う住民は、日を追うごとに激増している・・・ 

と指摘します。 

コロナ禍で強まる脱「大阪都構想」

 根強い脱大阪都構想」に拍車を掛けたのが、昨今のコロナ禍です。「大阪維新の会」が一環として「大阪都構想」で語ってきたのは「大大阪の実現と大阪の復権」です。しかし皮肉にも、大阪や東京の大都市で新型コロナウイルスの感染拡大に歯止めが掛からず、事業者が郊外に逃げ出す事態となっています。 

 前述の「反大阪都構想」市民団体の世話役を勤める元大阪府職員は、 

 ・・・コロナ禍による行政の混乱の反省から必要なのは、大阪都のような巨大なメガシティではなく、市民サービスに目が届きやすいコンパクトシティだ。吉村知事や松井市長はテレビに出て「やっている感」を演出している様だが、現場は未だ混乱して納まりが付いていない・・・ 

と語りました。 

えっ大阪が「大阪都」と「大阪府」に分裂する 

 10年余りの激論の末再び住民投票にかけられようとしている「大阪都構想」ですが、賛成派と反対派による対立によって、いま予想もしない事態が起きる可能性が指摘されています。 

それは、いまの大阪府が大阪都と大阪府に分裂して両立することです。「えっ大阪都って、市が特別区になってみんな大阪都になるではない」と思われている様ですが、実態はそうでないのです。 

大阪都になるのは旧大阪市のみ

 「大阪維新の会」が当初想定していた元々の「大阪都構想」は、政令指定都市の大阪市に加えて、同じ政令指定都市である堺市を特別区に変更した上で、旧大阪府全体を大阪都に変更する内容でした。 

 しかし、堺市を始めとする大阪府尚の自治体から根強い反対を受けたことや、大阪府と大阪市の二重行政解消が最優先と考えた「大阪維新の会」、旧大阪市24区を大阪都に変更するための活動に変えたのです。 

今度は大阪都と大阪府の二重行政に

 ここで考えてみて下さい。 

 元々大阪都とは、大阪府と大阪市の二重行政を解消して大阪全体の経済的復権と財政再建の最良の方策として議論されてきました。ところが実態は、旧大阪市を消滅させるためだけで、旧大阪市以外の自治体は大阪府の自治体として残るのです。 

矛盾に答えられない「大阪維新の会」 

 つまり大阪都が出来たとしても、今度は大阪都と大阪府の二重行政が生まれます。この矛盾に対して「大阪維新の会」は、関係者を納得させられるだけの説明を一切していません。 

 当初は諸手を挙げて賛成していた大阪の識者からも「『大阪都構想』を巡る『大阪維新の会』の理論は、すでに崩壊している。」と厳しい声も聞かれています。 

都構想は不自由…地方行政関係者からの警告 

 「大阪維新の会」が唱える「大阪都構想」は、大阪府と大阪市の二重行政を解消し、旧大阪市区域を特別区化することで大阪都に権力を集中することで、強力な地方自治を行おうとする点では利に適った内容です。しかし、先輩の東京都特別区関係者や地方行政のエキスパートからは「むしろ東京都を解体すべきで、大阪は東京を見習うべきでない。」「特別区は政令指定都市を目指したい」という声があります。 

なってみて初めて解った特別区の不自由さ

 東京都の特別区制度について早くから見直しを唱えているのが、元衆議院議員で2011年の区長選挙で世田谷区長に当選した保坂展人氏です。 

 保坂区長は、区長選やその後の区長業務を通じて「世田谷区の独自性」を進めておられ方で、東京23区で初めて「ご当地ナンバー(世田谷)」を求めさせたことで知られています。 

 その保坂区長は、早くから「東京特別区の不自由さ」について、就任当初から問題を定義して来ました。支持者との会合で保坂区長は、 

・・・特別区の不自由さは、区長となってみて初めて解った。道路標識を一本建てるにしても、一々都の建設局にお伺いを立てる必要がある。100万人近い人口を有する世田谷区が、公園造成からボールペン一本の発注まで何一つ自分達で決められないのは合点がいかない・・・ 

と語り、特別区制度の見直しを訴え続けています。 

特別区制度は憲法違反との私見も

 一方学術的立場から、特別区制度が憲法違法と主張する識者も数多くいます。 

 憲法学者である中京大学の今井由幸准教授は、 

 ・・・厳密にいって、事実上の自治権返上である特別区制度は、法の下の平等を定める憲法に違反する。大都市圏の特別区制度が、何ゆえ必要とされているかという法的裏付が、一切なされていない・・・ 

と厳しく批判しています。 

 また行政サービスの低下や自然災害への対応が出来なくなる・・・との声も。 

 神戸大学の早川和男名誉教授(環境都市計画)は、 

 ・・・行政の集約化が進むと肯定論が多い特別区制度も、行政サービスや福祉の面で大きなマイナスを生む。 

形態は違うが、いわゆる「平成の大合併」で行政単位の集約は進んだが、行政サービスが年々低下していると声が聞かれる。防災面でも「ヒト」「モノ」「カネ」が出せなくなり、近年多発する自然災害に対応出来なくなっている。特別区制度は、同じ現象をもたらしかねない・・・ 

と警告を発しています。 

まとめ 

各メディアの報道で、大阪都構想の是非をはかる住民投票日は、11月1日(日)となることは、ほぼ確実視されています。その一方、住民投票を前に行われている各メディアの世論調査では、「大阪維新の会」が公明党や支持層を取り込んだにも関わらず、反対の割合が賛成を大きく上回っています。最近吉村知事が一部メディアの囲み取材の中で「住民投票に進退を掛ける」と発言したと伝えられ、大きな波紋を呼んでいます。 

あくまで大阪の復権を掛け打ち出されたとされる「大阪都構想」ですが、府民の大多数から「大阪維新の会」の党利党略と受け取られているのが現状です。市民不在で進んだ「大阪都構想」の住民投票の行方に注目ですが、結果如何では維新府政&市政の責任を問う声が激しさを増し、大阪が長期間に渡って政治空白に見舞われる可能性があります。